ミノルタン minoltan
INFORMATION
35mmSLR CAMERA
minolta XD 
SPECIAL
35mmSLR LENS
MY MINOLTA
SITE MAP
RANGE FINDER etc.
COMMUNITY
TOP >> SPECIAL >> MUKOGAWA FACTORY

■ 武庫川工場跡探索

創業者・田嶋一雄氏がミノルタ株式会社の前進・個人商店「日独写真機商店」を立ち上げたのは昭和3(1928)年11月11日。
日本製のカメラを生産/販売するのがその目的であり、生産技術を指導してもらうためドイツ人技師のハイマンとノイレマンを雇い入れた。彼等の奮闘で、ミノルタ最初のカメラ"ニフカレッテ"が武庫川工場で完成したのは、翌年の昭和4年の3月のことである。
昭和11年に本社が大阪市内に設置。それからは労使紛争やハイマン・ノイレマンの突然の退社、世界大戦なども紆余曲折あったが、武庫川工場は昭和33年までミノルタの主力工場として、ミノルタフレックス、ミノルタメモやミノルタ35シリーズ、一眼レフSRシリーズまで数多くのミノルタカメラを世に生み出してきた。
「ミノルタ」の原語としてもよく出てくる「工場の周りに稲穂が頭を垂れて...」というように、あたりは武庫川添いの肥沃な農地、工場敷地面積を広げるにも木を切り田畑を埋め立てたそうである。また武庫川堤防を越えた場所に位置し、昼休みには社員が川原でくつろぐ姿もあった。故 田嶋氏ができあがったばかりのカメラを担いでこの川原を通り、大阪に向かった姿を社員はよく見かけたそうだ。
伊丹のレンズ工場、堺のカメラ工場や研究施設などの設立もあって、住宅地にあった武庫川工場は閉鎖された。現在跡地は住宅地になっており、当時の面影を知っている人もほとんどいない。

2002年1月の小春日和、ミノルタ発祥の地・武庫川工場跡地を探索に行ってきました。
頼りになるのは田嶋一雄追悼集で元社員さんがお書きの「武庫川堤の急坂と大橋を大阪側から神戸側に渡りきった南側の堤防下に」「工場の正門は、神戸側にくだる坂道のほぼ中間にあり、ポプラの木陰に簡素な木造りの門が見られた」という文章。

現地に着き、歩いてみましたが「どこやねん?」。記念碑もなーんにもありません。
近所の5-60歳代くらいのおっちゃんに聞いてみても「わからんなぁ」です。子どもの頃に遊びに忍び込んだんちゃうのん?
幸いにして、神戸側の坂道を下りきったところにある「お菓子の社」という神社のおじーさんがご存知でした。やはり坂道の途中、南側に位置していたそうです。
改めてその住宅地を歩き、なぜか少し感傷にふけりながら写真撮りました。

ひとしきり怪しい目つきで(笑)あたりを歩き回ったあと、武庫川堤防に登って川原を見下ろすと、ちょうど近所の人たちが陽を求めて楽しそうにすごしていたり、マラソン大会をやっていました。ベンチに腰掛け、川原に根を張った幹の太い松の木を見上げながら、社歌「千代の光」を歌って一人悦に入りそれから帰途に着きました(爆)
  ちぁ〜ららぁ〜ら〜ら〜ら〜ら〜ちゃら〜ら〜らら〜♪
  むぅ〜このぉかあわぁ〜のぉ〜み・ず・ほ・と・りぃ〜♪

すぐ東側にある武庫川橋から川原を望む 工場の正門と思われるあたりから元国道に登る階段
現在の工場跡地 川原と工場跡の間にある阪神電車の線路跡
と、まぁ、このへんです
2002.2.3 にしきん(C)


 前のページへモドル
 このページトップへ
(C)1999-2003 にしきん ALL RIGHTS RESERVED.